データ中心社会科学

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Last-modified: 2013-10-26 (Sat) 13:43:03 (1509d)

研究内容

はじめに

Bateson の意味論に基づく情報の定義にしたがうと, 情報とは変化を作る違い(a difference which makes a difference) として定義されています[1, 2]. これはメッセージとそのメッセージを受け取る受け手の状態変化・応答の組みを考え, 受け手の行動や状態に変化を作り得るメッセージ群に情報(=意味)があると考えるものです. そして, 情報の生成は情報の受け手の状態の変化, あるいは応答の変化を通じて観測されます.この定義はShannonが定義 したエントロピーに立脚した状態数による,情報の量的側面に対して,情報の質的側面をとらえた定義といわれています.

更に, 複数のエージェントが相互作用を行うマルチエージェント系において, 過去のエージェント集団の状態変化 や応答が,現在の各エージェントへのメッセージとなることによりメッセージの生起と状態変化の連鎖が生じうることが知られています. この現象は古来より, 思い・言葉・行いの三業として, 因果論の文脈で考察が深められており,ヒュームによる人間社会における道徳規範に対する議論や,ゲーム理論(囚人のジレンマや共有地の悲劇の文脈)において議論が深められてきました. 一方,我々の社会のようなマルチエージェント系において, エージェント集団の状態を高精度に計測することは,我々の環境理解の精度向上に繋るため, リスク評価やリスクマネージメントの分野で強い関心が持たれ続けています.

人間の応答速度

人間社会を物理的観点から考察するために, 社会の構成単位である人の応答速度と記憶容量について考えてみたいと思います. 人の情報処理速度は, 脳内のニューロンパルスの発火間隔が約1ms であることから, 1ms 以下の応答は原理的に困難といわれています. それゆえ人が識別できる時間の最小単位(一瞬) が存在し, その時間は50ms 程度と見積もられています[3]. このことは, 連続的に静止画像を表示しているにもかかわらず, 静止画の切りかわりが高速であると, あたかもそれらの静止画像が連続な動画であるように感じることや, 交流電流により白熱灯が50Hz〜60Hz で点滅しているにもかかわらず, 点灯していると感じることからも感覚的に理解されます. 更に, 詳細に, 視覚刺激から応答を行うまでの最小時間を解剖学的に見積った研究によると, 人間の最小応答時間は150ms 程度であると報告されています[3].

一方,人間の記憶容量が有限であることは脳細胞数が極めて多いながらも有限であることから推察されます. 記憶容量の上限については, 研究者により様々な見積りがおこなわれていおり,たとえば,フォン・ノイマンは28PBytes, マカラックは1〜100GBytes を提案しています[3].

一方, 現在日常的に使用されているパソコン(Core2Duo, CPU2.6GHz)の処理速度が15GFLOPS程度(浮動小数点の足し算や引き算を1 秒間に150 億回可能) であり, 巨大磁気抵抗(Giant Magneto Resistance; GMR)技術の発展により(2008 年7 月現在600Gbits/平方インチを越えている), 1TBytesを越える記憶容量を持つHDDが普及段階となっています. そのため, 現在のパソコン程度のコンピュータを用いても, 人間の一生(10億秒)で実行可能な操作(60億操作) を越える演算や, 人間の一生内に消費不可能な文章や音楽などのデジタルデータを蓄積することが可能となってきました. この結果,これまで人間の処理能力では困難と思われてきた大量のデータ操作を日常的におこなうことができ, この仕組みが現代社会の高度な利便性と関係していると思われます. 更に現在のICT技術を用いることにより, 大量の人間活動に関するデータの収集, 蓄積ができるようになってきました. そして、これらの膨大な人間活動に関するデータと,近年のコンピュータの大量の演算能力とを組み合わせることにより,これまで不可能と思われていた規模と解像度で人間集団の状態理解を行うことが原理的に可能となってきました.

人間活動に関する高精度データの蓄積

人間の社会的・経済的活動から生成される大量のデータを用いる学術分野として, 情報学, 経済学, 物理学, 社会学の間での学際的研究領域が形成されつつあります. 特に,情報学の分野では, 年々社会に蓄積されるデジタルデータ量の爆発的な増加(情報爆発) が認識されています. 近年の予想では,世界全体のデジタルデータ生成量が2010 年頃に1ZBytes/年(10の21乗Bytes) を越えると予想され, この情報爆発現象の概念に基づき研究がすすめられています[4]. 一方, 物理学の分野では, Physics in Society [5] と呼ばれる経済・社会現象におけるデータ生成の物理的過程を考慮した実証的な社会研究分野が形成されてきました.

社会経済物理学

社会経済物理学とは1990年代後半に、統計物理学の経済・社会現象への応用を目指し、実証的分析・理論分析を主眼として開始された学問分野です. 人間社会における情報生成過程をデータ生成プロセスに立脚し,研究を行うことを主眼としており,近年の情報通信技術の進歩に伴い,大量のデータが蓄積され・分析可能となった分野を研究対象としています. そして,経済物理学は社会物理学と合流し, Physics in Societyの分野において学際分野として成長してきました.

データ中心的な研究指針に基づくことにより,現在,人間の処理速度では処理不可能であるため理解できないと思われている,社会の動きを実証的に大量のデータを用いて理解することが可能となりつつあります. これまで誰も触れたことのない大量のデータには,誰も知らない法則性や性質が隠されているかもしれません. そして、さらなる応用の可能性も潜んでいると思われます.

参考文献

[1] G. Bateson, Steps to Ecology of Mind, University of Chicago Press, Chicago, 2000 [Originally published in 1972].
[2] Y. Neuman, Information Sciences, 176 (2006) 1435.
[3] 大島正光編集, アーゴノミクス, 朝倉書店(1965).
[4] ”情報爆発時代におけるわくわくするIT の創出を目指して”, 情報処理, 49 (2008) 879.
[5] A. Carbone, G. Kaniadakis, and A.M. Scarfone, “Tails and Ties, Editorial: Topical Issue on Physics in Society”, The European Physical Journal B, 57, (2007) 121–125.


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